もう一度、あなたと…
『何すんだよ!折角ドア開けてやろうとしたのに…』
『そっちこそ!なんで自分だけ入ってドア閉めんのよ!』

腹立ち紛れに蹴ろうとした私も私だけど、向こうも悪い。
睨み合ったまま数秒間、お互い謝ろうともしなかった。


『…おいっ!さっさと中に入れ!オリエンテーション始めるぞ!』

後ろから声がする。振り向いて、顔を確かめた。

『杉野課長…』

杉野太一。年齢は私と同じ26歳。同じ大学の経済学部を卒業していて、同期でこの会社に入った私の夫。
結婚は大学卒業してすぐ、入籍を済ましただけ。だからこの時は私も「杉野」姓を名乗っていた。

『相変わらずトロいな…お前は…貸せ!』

手に持ってる箱を取り上げる。
口は悪いけど、人一倍優しい。それを知ってるのは私だけ。

『ほら、新人!お前も席に着け!』

おらおらモード全開で入っていく。その後ろをそそくさ…と、ついて行った。



『新入社員の皆さん、入社おめでとうございます』

課長が挨拶する。その横で、私は配布物の手配をしていた。

『今から、当社社員としてのいろんな手続きの説明を行いますので、各自資料をご覧下さい』

一人一人に手渡す資料。
「たからがひかる」の時にだけ、ポイッと投げたくなった。

(やめるか。大人だし…)

そう思って頭の上に乗せる。苦々しそうな奴の顔に、ニヤリと微笑み返した。

資料を配り終えて前を見る。杉野課長は私に頷いて、説明をし始めた。


夫の「杉野太一」と付き合い始めたのは、大学三年生の時だった。
同じサークルで仲間だった私達は、それまで特別仲が良かった訳ではない。
太一は普段から一人で行動してることが多かったし、女子からは口の悪さで敬遠され、男子達とも連むような人ではなかったから。
…ただ、山が好きで写真が趣味だったこともあり、「登山同好会」に入った…と言っていた。
そんな彼と付き合うようになったキッカケ。
それは、秋の登山会でのことーーー
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