気持ちの伝えかた
世間一般常識に疎いというか、高級フレンチ店あるある、とでもいえばいいか。

普段着では入店不可、所謂ドレスコードの存在を忘れていたせいで予約も意味をなさず門前払いをくらってしまったわけで。

次の目的地もそれはまぁ大盛況で、入店すらままならず。

高層タワーから眺める予定だった夜景は、地上から眺める普段の景色に相成ってしまった。

予定は未定。

という言葉もあるがこの日のために色々考えてきた事が、こうもあっさりと壊されてしまうと人間、笑うしかできないらしい。

フレンチでもたしか普段着で入れるお手軽な店も増えてきただろうに、格式ある店だったのかその辺までは調べてもない。

バーに至ってはしんみりした雰囲気の店だと聞いていたのに、今日は日が悪かったのか数組の飲み客が大騒ぎしていたし。

途方にくれて虚空を見つめ微笑む俺を心配してか、彼女は近所の居酒屋に俺を連行してくれた。

特別な夜になるはずだったのが、仕事帰りのいつものデートコースに変わってしまったのである。

居酒屋独特のわいわいとした賑やかさで少しは気持ちも切り替わるだろうと、案じてくれたのはとても喜ばしいことではあるが。

情けなさ過ぎだろ俺は…肝心の台詞すら既に聞かれていて尚且つ、この有り様。

彼女でなければきっと、その場で怒って帰っていくにちがいない。


生ビールを一気に口に含み嚥下する、辛口の喉ごしがさっぱりとしていてうまいけれど、心は空しいままだった。


「ほら、いつまでへこたれてるの!! 過ぎたことを悩んでも意味ないんだから、パーっと飲んでこ!!」


少しドライな部分を持つ彼女は微笑みながら生ビールを二口で飲み干したかと思うと、大きな声で店員に追加オーダー。

元々酒は強くない子なのだが、俺を気遣ってなのか同じく忘れようとしてくれているのか。

とにもかくにも、そんなさっぱりとした彼女のおかげで少しは気も楽になれた。

ねちねちとこの場で言われたりした日には枕を涙で濡らすかもしれないだろう、そこまではいかなくても傷は深くなっていただろう。


「あんま飲みすぎんなよ、そんな酒強くないんだから」


「えー、だって今日は哲平のおごりでしょ? なら吐く手前まで飲まないと損じゃん!!」


けらけらとオーダーした生ビールをかっ食らうその姿は酒豪そのものだ。


「私、おつまみ食べたいなー」


にこにことメニューを開き悩むその仕草もまた可愛らしく思うのはきっと、俺がまだ特別な夜を拭いきれてないからだろう。

残りの生ビールを飲み干し、彼女の分のにも手を伸ばす。

あまりビールは得意でない彼女と飲みに来た時の、お約束だ。

「ウーロンハイと、枝豆に唐揚げとー…あ、あとこのペペロンチーノ。それに、キムチとカクテキとー…」

会計、いくらになるのだろうか。
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