大切なものはつくらないって言っていたくせに
しばらく沈黙が続く。

俺はゆっくりと最後のデザートを口に運ぶ。
「うまいな。これ。」

一ノ瀬遥は、少しクスリと笑って
「額賀さんは、お酒飲まないから甘党ですか?」

「うん。そうだね。」

一ノ瀬遥は、その黒目がちの目でまっすぐ俺を見る。
「どうして額賀さんは瀬田さんの伝書鳩みたいな事をしているんですか?」

俺は苦笑した。
「伝書鳩ね。」

「親友、ですか?」

「うーん。ま、悪友というか。佑樹の女の子関係専門のお世話係だよ。 芸能界御用達のサロンていうのは、ヘアメイクやスタイリングだけでなくて、彼らの恋愛をパパラッチ達から守ってやるっていうサービスも提供してこその営業なんだよ。
こういう店に俺が簡単に予約入れられるのもそういう事。彼らのかわりにホテルの部屋やお忍びのレストランの予約だってする。」

一ノ瀬遥は、苦笑いをする。
「大変ですね。」

「実は、俺と祐樹は高校の同級生なんだ。」
「へええ。」
「 祐樹はさ、あいつファッションとかオシャレに全く興味がなくてさ。 学ランや学校のジャージ着てりゃ、勉強もそこそこできたし、スポーツ万能だし、あのルックスだからそりゃあもう全ての女子は祐樹にぞっこんだったわけだけど、とにかく私服がどうでもよくってさー。俺が見るに見かねてコーディネートを友だちとしてかって出てたのが始まり。」
「そんな風には見えなかったけどな。お店に来る時はいつも素敵で清潔感のある格好してましたけど。」
「ま、俺が定期的に選んでおいたやつを着こなしてたんだよ。 アイツ、放っておくと同じヨレヨレのTシャツやジャージしか着ないからな。」
「全然想像つかないです。」
俺はふふっと笑う。
「祐樹がスカウトされて、俺がオーディションごとにやつの洋服を揃えてやったりして、現場に入るようになったのが俺の仕事のきっかけ。 祐樹が売れるにつれて、俺の仕事も人脈も順調に広がって行った。」

「そうなんですか。でも、それは額賀さんの実力がすごいんじゃないですか?友だちのオーディションのついて行ったくらいで、あんなに大きなサロンの代表になるなんて並大抵な事じゃないですよね。」

サラッとそうやって嬉しい事を言ってくれる。

俺は、彼女にふと聞いてみる。
「佑樹の女の子関係のこと、聞きたくないの?」

「別に。だいたい想像はつきます。私のレストランにもよく女の人連れてきましたから。」

「マジか?」

「ええ。有名な女子アナの方や女優さん。現地のイタリア人の女の子にもスっごくもてましたよ。 ああ、それからゲイにも。」

「ねえ、君と佑樹の関係はなんだったの?」

「だから、私の店の常連さんです。 イタリアで撮影してた期間だけは、ほぼ毎日いらしていましたから。」

「それだけ?」

「それだけですよ。」

「祐樹の事、好きじゃないの?」

彼女は笑って
「友だちっていうかお客さんっていうかそういう意味では好きでしたけど。イタリア生活でご縁があって、それはすごく楽しかったです。」

「・・・・・それなら別に会うくらい良いじゃないか?頑なに断るなんてあやしいよ。」

「……瀬田さんは時の人だし、住む世界が元々違う人だし。私は今料理の世界で精一杯頑張っているってことだけ伝えてください。」
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