大切なものはつくらないって言っていたくせに
俺はモヤモヤしたまま、その話を聞いた後、二日間の撮影をこなしていた。
演じていれば、遥のことは忘れていられる。でも、すぐカチンコの音が、監督のカーットという声が上がるたびに、ハッと我にかえると頭の中は、遥のことばかりだ。
俺は、一体どうしてしまったんだ。
あいつが、日本に帰ろうが帰るまいが、俺には知ったこっちゃない。
関係ないだろう。

撮影が終わってその日、店に併設されている隣のバーによる。
明日から、また少しオフで、俺はその間に次のシーンのセリフまわしや調べ物を徹底的にするつもりだ。
イタリア語のシーンもあるから、イタリア語の発音のレッスンも受ける。
しかし、こんなんで俺は集中できるのかな。気を引き締めないと。
ため息をつきながら、台本をパラパラめくりながら、カウンターでゆっくりとバーボンのダブルを飲む。
久しぶりにタバコも吸いたくなって、マスターから一箱買ってゆっくりとふかす。
そうやって少しずつまた役の中に入りながら、台本を読み進めていく。


どのくらい時間が経っただろう。ふと、我に返って、台本から顔を上げるとカウンターの向こうに遥がいて、俺の胸はいつになく高鳴る。
目があって、遥は、笑顔でこっちにやってくる。ここでいつも頼むオレンジブロッサムを手に。
「こんばんは!」
「・・・・・・・・・。」
「いつ気がつくかなあって思ってたんだ。すごい集中力だな、瀬田さんは。」
ちょこんと俺の横に座る。
思いがけなく会えた嬉しさと、あのことが気になって、俺は複雑な気持ちで遥から目をそらし、前のグラスに目を向ける。
「瀬田さん、タバコ吸ってたっけ?」
「たまにな。集中したい時とか。」
「あ、ごめん。ジャマかな。そしたら私席外します。」
「いや。もういい。終わったから。・・・・おまえは、今日は仕事出てたのか?」
「はい。終わって、一杯だけ飲んで帰ろうと思って。」
「・・・・・・・・・・。」
「瀬田さんは?昨日まで撮影だったって、みんなから聞きました。」
「ああ。」
遥は、ふうっと息を一息ついて、ほおずえをつく。
そんな仕草も可愛くて仕方がない。

「・・・・・・・・なあ。フェルが言ってたけど、お前、男に日本に帰ってこいって言われてんだって?」
「え!?・・・・・・フェル、おしゃべりだなぁ。」
遥は苦笑する。
「どうすんだよ?」
俺は勇気をだして聞いた。
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