大切なものはつくらないって言っていたくせに
遥のその黒目がちの目が、揺れる。
迷っているようなその少し開いた唇が、俺を惑わせる。

遥は随分と長く黙ってから苦しそうに呟く。
「・・・・・わからないです。迷っています。」

その誰だか俺の知らない男を思って、そのせつなさそうな顔を見せた遥から、俺はとっさに目をそらす。
「その男は、もうかえったのか?」
「とりあえず。。。」

遥は、ポツリポツリとその男の事について話し始めた。
ここで修行がしたいと半ば強引に別れを告げて、日本を飛び出した事。
その男は、金沢の老舗旅館の跡継ぎ息子な事。
昔からそこの料理人ならやりたい、自分はそれでこそ助けることができる。
けど、彼は自分と結婚するなら女将をやってもらうしかないと言っている。
それで、結局破局したはずだったと。
でも、ここで十分勉強させてもらったし、彼の元に戻ってもいいんじゃないかと思っている事。

俺は、イライラしながらその話を聞き、最後の言葉に怒りの頂点が来てしまった。
俺は嘲笑いこう言った。
「お前の料理人の志しってその程度のものだったんだ?」
「え?」
「ガッカリだね。 ちょっとしたイタリア留学気取りで結局何にもモノにならずに旅館の女将って、なにそれ?」
「・・・・・・。」
「いつか料理の本を自分で出せるようになりたいとか、そう言ってたのも、そんな男1人のために諦めちまうんだ?だから、女はダメなんだよ。」
俺のイライラは止まらなかった。出たその言葉は、そのまま俺の気持ちでもあった。
失望したんだ遥に。そんなごときで自分の人生変えるかよ。って。
俺だったら、お前の夢はきちんとちゃんと尊重してやれる。

遥は、泣きそうな目で俺を睨む。
「瀬田さんには、わからないです。きっと。瀬田さんのような強い精神力でずっと俳優をやっている才能のある人とは違うんです。いろいろ、切磋琢磨しながら思考錯誤しながら進まなきゃならない人だっているんです。」
「なんだよ、それ?」
「それに、瀬田さんは本気で人のこと好きになったことがないくせに。 たかが1人の男でウジウジ悩んでって、私はその人のことほんとに愛しているし今もそうなんです!人生変えちゃうかもしれないくらい好きな人がいるんです!」
徹底的に俺が玉砕した瞬間だった。
「・・・・俺だって、手に入れたくても手の入らないものはある。 俳優続けていくうえで、諦めたものなんてたくさんある。」
そうだよ。それはお前のことも。お前のこともそうだ。

「瀬田さんには、きっと私の気持ちなんてわかりません。人の心弄んで、自分の都合ばっかりの人なんて。」
「わからねーよ。わかりたくもないね。」
こんなに女にカッとなって、罵声を浴びせたのは初めてじゃないかとおもう。
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