大切なものはつくらないって言っていたくせに
ひとまずは、具体的なプランを提出してくれるということで話がまとまり、俺はコーヒーも入れずにごめんと部屋を出た。

隣の控え室に入ると、佑樹はソファに寝そべって瞑想するように目を閉じていた。
目を閉じたまま、
「もう終わった?」
「終わったよ。」

佑樹は目を開けて、ガバッと起き上がる。
大きく息をついてから、立ち上がり無言で控室を出る。
ゆっくりと少し足を引きずりながら。

迷わずVIPルームの扉を開ける。
一ノ瀬遥は、うつむいてスマホをいじっていたが、ふと俺たちが入ってきたのを背中で感じて、顔をあげ後ろを振り向く。

「あ・・・・」
一ノ瀬遥は、一瞬動きが止まり佑樹をまっすぐ見つめた。
佑樹も、微動だにせず一ノ瀬遥を見つめる。
もう、そこは2人だけの世界で、俺が横にいることなんて2人は忘れてしまっているのではないかというくらいの静寂な時が流れた。

沈黙を破ったのは、一ノ瀬遥だった。
ふと我に返ったように、目をそらし俺の方をにらむ。
「騙しましたね。」

「人聞きの悪いこといわないでよ。たまたまだって。仕事の話はマジ頼みたいと思ってたし。」
俺は肩をすくめる。

佑樹は、ずっと固まったままただただ一ノ瀬遥を見つめている。
彼女は、その前に立って佑樹をまっすぐと見上げ、いきなりグーで佑樹の顔を一発力一杯殴った。

俺は急なことで目をパチクリして唖然とその様子を見るだけだった。

「いって・・・・・」
佑樹は、ようやく我に返ったような顔をしてそしてフッといつものあの口角をちょっとあげて皮肉っぽい笑いをして頰をさする。
「顔はやめてくれっていってるだろ・・・しかも、グーはねえだろ。」

「もう、俳優やめたんでしょ?」
一ノ瀬遥は、怒っていた。佑樹から背を向けて、カバンの中に資料を入れ帰る支度を始める。
大きく息をついて、俺の方を見て言う。
「額賀さん、でも感謝します。今のでスッキリしたから。」

「遥」
佑樹が、名前を呼ぶと、彼女は帰ろうとした動きを一瞬止めるが、もう佑樹の顔を見ようとはしなかった。
「・・・・・・・・。」
佑樹は、たまらず彼女を後ろからぎゅっと抱きしめた。 やっとの事で、声を振り絞るように出す。一言。「ごめん。」と。

彼女は身を硬くしてそのまま動けずに立ち尽くす。

俺は、そっとその場を離れ、2人っきりにしてやろうとVIPルームを出た。
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