大切なものはつくらないって言っていたくせに
中の様子が気になりつつも、俺は隣の事務所でボンヤリと決済しなければならない書類に目を通す。
二人は、今、何を話しているのだろう。 うまくいくのかいな?
そして、二人の間に一体何があったのか知りたい。
一ノ瀬遥は、ただの店の常連客とシェフの間柄だと言ったけれど、タダじゃないだろ?どう見たってあの反応は別れた恋人同士にしか見えない。
にしても、いつもクールな祐樹が、あんなに切羽詰まって余裕のない感じでいるのが俺には信じられなかった。
バタンと扉が閉まる音がして、俺は慌てて事務所の扉を開ける。
一ノ瀬遥は猛ダッシュで廊下をかけて行くのを呼び止めたが、彼女はあのサラサラの黒髪をなびかせてそのまま消えてしまった。
多分彼女は泣いていた。
俺は、隣の部屋をノックして入る。
祐樹が、夕暮れの空をボンヤリと窓越しから眺めていた。 振り返って、苦笑する。
「本気で、二回も殴られた。」
「…………飲みに行く?」
「やめとくよ。」
「いや、飲みに行こう。」
「ヤダよ。俺は喋んないぞ。」
「何が?」
「根ほり葉ほり聞きたそうにしてるからさ。」
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