大切なものはつくらないって言っていたくせに
瀬田祐樹の話によると、彼の住まいは、ここから歩いて十分くらいのところにあるそうだ。

映画の撮影やCM、ドラマの仕事のスケジュール以外には、日本を離れて外国で過ごすというのが彼の生活スタイルのようだった。

次の映画の役作りやセリフの練習。 

日本にいると煩わしい事がたくさんあるから、と言っていた。
そうだよね。
あれだけ有名になってしまえば、普通に街を歩くのもままならない。 

今回は、次の映画の撮影舞台はイタリアだから、その準備も兼ねてしばらくの間過ごす場所をここに決めたという。
イタリア語も流暢に喋れる役だから、本場でレッスンを受けるためもあると言っていた。

「だから、最初この店に入った時、遥がいたからちょっとガッカリしたんだ。なるべく日本語の環境から離れてイタリア語を叩き込もうと思ってちょっと寂れたやっと気に入った場所を見つけたからさ。」

役に入り込むまで、とことん見えないところでコツコツと役作りをしていることを知った。
華やかな大スターのイメージとはかけ離れて実はたゆまない努力をしている。そんな彼の姿を見て、自分も影響された部分があった。
分野は違っても、プロとしてのプライド、志は、きっと同じものだと感じた。


「じゃあ、その映画が終わっちゃったら、ここは引き払ってしまうんですか?」

「まだ決めていないよ。でも、ここのレストランも含めだいぶこの街が気に入っちゃったからなあ。」
そう言う瀬田祐樹は人懐っこい笑顔で、誰もが認める大スターという近寄りがたい雰囲気は微塵も見えなかった。



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