大切なものはつくらないって言っていたくせに

額賀龍一の事務所で、瀬田さんと再会して、突拍子もなく「結婚しよう」だの、今さら迎えに来たと言うだけ言って頭にきた私は、彼を二度も殴ってスッキリした。
額賀龍一との仕事も断って、このままなかった事にしよう。
私は、料理家としてやっと軌道に乗ってきた今、どうしても瀬田祐樹の事でやっかいな事に巻き込まれるのだけはごめんだった。
小さい息子の素性がバレるのも怖かった。
フェルにも頼らず、私一人でなんとか子どもと生きていこうとしていた時なのだ。
しばらくは、もしやまた瀬田さんがどこかで待ち伏せしていたら、、、とか、色々警戒していたが、あれからもうなんの音沙汰もなくなり正直ホッとしていた。
たまに、メディアで取り上げられる瀬田祐樹は、もう私とはなんの関係もない立派な作家先生で、目をそらせば済むだけの話だった。
あれから半年が過ぎ、すっかり油断していた。
だから、「ピンポン」と玄関のチャイムの二度目を鳴らされて、息子が起きる事を恐れて勢いよくドアを開けてしまった。