大切なものはつくらないって言っていたくせに
堂々めぐりのまま、夜は明けて、そして子どもが起き出して、今、こうやって三人で顔をつき合わせている。
俺は、目の前の子どもには、正直なんて声をかけていいかわからない。

「ママ、だれ?」
遥も困った顔をして、俺の方を見やる。
ゆっくりため息をついて、子どもを膝の上にのせる。

ああ、ホントこれが家族なんか? 俺は、まだピンとこない。

「なんて顔してんの?」
遥が言う。

「え、俺、どんな顔してる」

「相当マヌケな顔。」

「…………………。」
ああああああ、もう。 俺は頭をかきむしって俯く。

「ねえ、いっちゃん。」
遥は、膝の上の子に話しかける。

「このおじさんが、ここに一緒に住まわして欲しいんだって。どう思う?」

「………………。」

「いっちゃんのご飯作ってくれたりー、お風呂一緒に入ったりー、遊んでくれたりー、ねんねも一緒にしてくれるって。」

マジか?!…………それはいきなりハードル高いだろ。

一気に子どもは不安な顔になって、「ママは?ママは?」と聞く。

「ママもいるけど、ママがお仕事の時は、このおじさんが保育園お迎えに来たりして、ママが帰ってくるまでこのおじさんと二人の時もあるよ。」

「ヤダ」

「…………だそうです。」
ほれ、ごらん。というような顔をして遥は俺を見る。

俺だってそれはイヤだ。

俺は目をそらし、ふと思った事をきく。
「いっちゃんって、なんの略? 名前は?」

「………………。」
遥は黙ったままだ。

「いちのせ いつき」
ハッキリとした口調で俺をまっすぐ見て男の子は自分の名前を言う。

「いつきは、樹木のじゅ。」
遥がボソッと呟く。

どのくらい沈黙があっただろう。
俺は気がついたら、涙を流していた。

慌てて目をこする。

遥も男の子も、俺の様子にビックリしてこちらを見ている。

「オトナなのに泣いたよ。おとこのこなのに泣いたよ。」
思わず遥は吹き出して笑う。
「ホントだねえ。」

「うるせ。 オトナの男が泣いて悪いか?」
俺もおかしくて笑い泣きする。

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