大切なものはつくらないって言っていたくせに
長かった。合格まで。
3ヶ月後

なんとかバレずに、遥のボロアパートに居候している。
編集部の人には、「どこにいるんすか」と聞かれるが、「いろいろ。知り合いの家とか、ホテルとか転々と。」とごまかす。

俺はこの生活を案外楽しんでいた。
食事は作れないが、二人が出て行った朝は、ゴミ捨て、掃除や洗濯、遥に言われていた買い物を近所のスーパーで済まし、クリーニング屋に寄り、図書館で調べ物や小説の題材を探し、昼は近くの定食屋かラーメン屋で済ませて、保育園のお迎えの時間まで再び図書館にこもるか、編集者と打ち合わせか。
普通の生活がずっとできなかった俺にとっては、顔がバレないというこの自由さに喜びを感じていた。

近所の人や保育園の人たちには、怪訝そうな顔をされている。
スウェットやジャージにサンダル。無精髭にボサボサの頭で伊達メガネをかけて、おまけに脚を引きずっていると、瀬田祐樹だとは気が付かれず、逆に怪しい男だと目をそらされる。
まあ、なんの仕事をやっているんだかわからない相当ヤバい父親が出戻ってきたと思われているんだろう。
あえてそういう感じを自分で演出しているところもあった。
俳優をしていた性とでもいうのか、器用貧乏というのか、そういう役回りをスッと自然に自分の中に取り込むのが得意である。
そして、自分で言うのもなんだが、樹と俺は本当によく似ている。特に目が。
だから、周りはこの子の父親なんだろうということも理解していて、子役も完璧、訳あり家族の様相は整っている。

樹は、特に嫌がるでもなく、でも決して俺には心を開かず、淡々としていた。
俺が保育園に迎えに来ると、チっっと舌打ちをし、今日はお前なのかよ、、、といううんざりした顔をして、でも素直に帰り支度を始め、俺に手を繋がれて2人で無言で帰る。

遥が作っておいてくれた夕食を温め、これも向き合って無言で食べる。
3歳になったばかりだというのに、俺の存在が功を成してか、世話をされるのを嫌がり、自分自身で結構綺麗に食べあげる。

遥の飯は相変わらず美味い。 久しぶりに口にした時も、涙が出そうになった。
なんか、すっかり涙もろくなったのかな。

食べ終わると、俺は片付けと食器洗い。樹は、テレビを見たり、おもちゃで遊んだりしている。
俺といる時は、本当に静かにしている。

「風呂、入るぞ。」
樹は、素直に遊ぶのをやめて、俺に服を脱がされたり、洗ってもらうのを嫌い、なんとか自分でする。
おうおう良い事だな。自立心は男には必要だ。
一緒に湯船に浸かっても同じ方向を向いて無言。
あがってパジャマを着て、まだ帰ってこないママに不満な顔をして不貞腐れて一人で布団に入る。
俺の寝かしつけは拒否。
俺もやっと解放されて、冷蔵庫からビールを取り出し、ラップトップを開けて、まずはメールのチェックから入り、原稿を書き始める。
そんな日々だった。
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