大切なものはつくらないって言っていたくせに
夜、11時半を回った頃、瀬田さんは少し酔っ払って帰ってきた。

「お、寝てるかと思ったのに。」
今日は、いつものヨレヨレのジャージじゃなくて、Tシャツにジーンズだけど、ステンカラーのパリッとしたジャケットを羽織っているし、髪の毛も整えられている。
ジャケットの胸ポケットにはサングラスが刺さっていて、そうかちゃんとした格好をすると瀬田祐樹だってわかる人にはわかってしまうかもしれない。

「デート?」
私は皮肉っぽく聞いてみた。
瀬田さんは、ちょっとビックリした顔をして私を見て、それから苦笑する。
「編集部と打ち合わせって言ったろ? 相手も男だよ。」
「ふううん。」
瀬田さんは、冷蔵庫からお茶の冷水筒を取り出し、グラスに注いで一気飲みする。

私は、パジャマのまま、残りの缶ビールを飲み、テレビの方に顔を向ける。
瀬田さんは、空いたグラスにもう一杯お茶を注いで、それを持ったまま、私の隣に座る。

「なに?ちょっとは心配した?」
「別に。」
「待っててくれたんじゃないの?」
「ちょっとやらなきゃいけない原稿があったから。今、終わったとこ。」

「ふううん。」
瀬田さんはちょっと不満そうに、お茶を飲む。
「今日、保育園の先生と個人面談があって。」
「うん。」
「もう勝手にお父さんって事になってるし。保育園には親族って言ってあるだけだったのに。」
瀬田さんは照れた顔で言う。
「そう見えるんだろ。周りは。」

「いっちゃん、お父さんが戻られてから、落ち着きましたね。 乱暴なこともしなくなったし、人の物も取らなくなったし、みんなに優しくなったって。」
「おう。俺の教育のおかげだな。」
「なんか言ったの?」
「いや、別に。相変わらず俺の前じゃ喋んないからな。 あ、でも、一回ちょうど迎えに行った時に、女の子泣かせてたから俺スッゲー怒ったけどな。」
「へえ。」
「男なら女の子には優しくしろって。」
やっぱり。そんなことだろうと思った。
「今じゃ、クラスで一番モテてるって。」
「やるな。これで保育園生活最高だな。」
「血は争えないね。 ちなみに、瀬田さんもいろんなママさんと楽しそうにお話しして大人気だって。先生たちもよく見るといっちゃんのパパはカッコいいって人気だって。」
瀬田さんは、また少しビックリした顔して言う。
「よく見るとってどういう意味だよ。」
「あ、まんざらでもない顔してる。」
「取材の一環だよ。先生やお母さんたちの話は、小説やエッセイのネタになる。」
私は苦笑して目をそらす。
「もしかして、妬いてんの?」
瀬田さんは意外な顔をして嬉しそうに言う。
「そうじゃなくて、なんて言ってるわけ?自分の素性を。 ママさん達なんて噂のネットワークすごいんだからね。」
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