夏の日

灼熱

木蔭がわずかに向こうに見える。
さえぎるものの無い超炎天下だ。
番地を確かめ歩く。熱い!

体中がほてっている。まだまだ先だ。
絶対に倒れてはいけない。お題目を
あげながらさらに歩み始めた。

陽射しをさえぎるものが全く無い。
大きな平屋の家ばかりが続く。
木蔭まではまだだいぶ先だ。

松葉中はこの坂の先なのだろう。必死で歩む。
干からびた自分に死の影がよぎる。
朦朧とした中にふと笑いがこみ上げてきた。

俺はいったい今何をしているんだ?
意識が体の歩みから完全に分離して、
ひたすら大笑いしている自分が、
今の自分をじっと見つめていた。

自嘲気味な笑いが急に真顔になって
耳元でささやく、
『なにしてんにゃ、頑張るしかないやろ』
もうどうでもよくなってきた。

意識が遠のいていく、が、足取りははっきりと
していて確実だ。又どこかで、
『頑張りや今が勝負やデ』
と聞こえた。

まぶしさに耐えられず目をつぶって歩いている
自分がいた。やっと木陰だ、坂の頂上だ。
一息ついてポカリを飲み大きく深呼吸をする。

眼下に大きな高層マンション群が見えた。
松葉中らしき学校も見える。
『ここだ。この中に娘と孫は住んでいる』

大難関をひとまず克服した実感から、
意識がはっきりと覚醒してきた。
体力も気力もみなぎってきた。
さあ探すぞ、これからが本番だ。

何とか部屋を探し出し何らかの証を残さなければ、
死ぬ思いでここまで来たかいが無い。
祈りを込めて探す。

はたして娘のマンションはこの中にあった。
(有)いるかネット。その下に姓は違うが
懐かしい娘の名前があったからだ。

知見(ともみ)、あまり無い名前だからすぐに分かった。
仏の悟りと言う意味だ。しるみしるみと小学生
の頃はからかわれたそうだ。

始めて妊娠が分かった時、誰からも男の子だと言われて、
壁に男の子の名前を貼って祈っていた。
ところが女の子だったので、今でも悪いとは思っている。

よほど男の子が欲しかったと見える。実際そうだった。
その後の離婚の原因にもなるのだが・・・。
慌てて法華経の中からこれにしようと決めたものだ。

娘からは後日、
「うらんでなんかいないよ。ともみ
と言う名前はとても多いので『知る見と書きます』
と言うと分かりやすくて、誇りにしてる」

と言われた時には思わず涙がにじんできた。
いい娘だ。幸せでいてくれればそれでいい。
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