今度こそ、練愛

「僕が送るよ、よかったら大隈さんも一緒に帰ろう」



山中さんが振り向いた。
だけど私は仲岡さんが送ってくれると言ってくれてたから……と返事に困っていると、



「有希ちゃん、せっかくだから送ってもらいなよ、山中さんの車、私も乗りたかったなあ」



と言って仲岡さんが手を振る。



「高杉さんは?」

「私は歩いて帰るから大丈夫」



せっかくの山中さんの誘いを、高杉さんはさらりと断ってしまった。



山中さんの車の後部座席には、すっかり眠り込んだ岩倉君と私。以前は助手席に乗せてもらったけれど、今日は違う。川畑さんと同じ車種、同じ色、同じ香りに思いきり違和感を覚えながら車は走り出す。



このまま沈黙に陥る覚悟を決めて、窓の外へと視線を泳がせる。大通りの街路樹に煌めくイルミネーションが緩やかに流れていく。



「どうして、ウチの店で働こうと思ったの?」



声に振り向いたら、暗い車内に浮かんだミラー越しに山中さんと目が合った。答えを促すように、ふと目を細める。



「たまたま店に寄った時に求人を見つけて、今まで事務職で退屈だったから、違うことをしてみたかったんです」



至って無難な答え、だけど嘘ではない。




< 105 / 212 >

この作品をシェア

pagetop