今度こそ、練愛
「前の会社は何年勤めてたの?」
「六年です、大学を卒業してからずっと働いていた会社です」
「六年も勤めたら辞めようと決意するのに勇気がいらなかった?」
「それはないです、前から辞めようかと考えていたので、辞めて気持ちが楽になりました」
「そんなに辛い仕事だったの? 我慢してたの?」
ミラー越しの山中さんは前を見据えたまま。
黙り込んでしまうと、隣で眠る岩倉君の寝息しか聴こえてこない。
「客先から仕事をもらっているから納期や依頼内容が厳しかったり、担当者によって要求もいろいろだから」
仕事に関係ないことまで要求されたから、私は嫌気がさしたんだ。付き合わないと仕事を依頼しないとか、くだらないことを言われたから。
蘇ってくる嫌な記憶を抑えこもうとしたら、肩に力が入る。
「客先を相手にするところは同じだね」
「でも、花を買いにお客さんは純粋だけど、そうじゃなかったから……」
純粋に仕事だけしていたら、私はまだ会社を辞めていなかったかもしれない。社内で恋愛して破局して、変な噂を立てられたり、客先の担当者に絡まれなければ何にも問題はなかったのに。