今度こそ、練愛

「人間関係も、仕事を辞めた理由?」



言われたら反論できない。



「それも、もちろんあります。面倒な付き合いとかありました」

「客先との接待とか?」



山中さんの言うことは当たってる。
あの時もしも川畑さんが車を停めてくれなかったら、降りてきてくれなかったら。客先の福沢さんと言い争った私はどうなっていたんだろう。



「はい……、あの時はありがとうございました」



我慢できなくなって言葉が溢れ出た。
山中さんは川畑さんではないと名刺を見せつけられて理解していたはずのに、どうしても無理。
私には山中さんが川畑さんにしか見えない。



「あの時って? 何のこと?」



さっぱり思い当たらないと言いたげな口ぶり。一瞬だけミラー越しに私を見た山中さんは動揺した様子も見せず、すぐに目を逸らした。
大きな落胆は想定内。



「客先との大きな仕事を終えた打ち上げだったんです、客先の担当者二人と私の会社からは先輩と私が参加して、懇親会ということで」

「ふうん、それで?」



山中さんの反応は鈍い。
まるでしらばっくれているよう。



私は今、川畑さんに車で送ってもらう時に話したのと同じことを話している。
山中さんに自分が川畑さんだと認めさせるために。






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