今度こそ、練愛
『噂の彼』とは、私が寝取ったと社内で噂されている人のことだろう。川畑さんのことだけど、実際には寝取ったわけではないし彼氏でもない。
社内で広がってしまった噂をもはや訂正したり弁解する気はないけれど、木戸先輩にそんなことを言われるのは正直キツい。
だけど今、私たちに注がれている刺すような視線もかなりキツい。好奇心いっぱいの目が視界の中でちらちらと揺れている。
さすがに耐えられなくなった木戸先輩が、私を休憩室へと連れ出した。ずんずんと速足で歩く背中には怒りが滲んでいる。
「大隈さん、どうして福沢さんのこと、断ったの?」
木戸先輩は休憩室に誰もいないことを確認して、壁際に私を追い詰めた。
「断るって? 私は……」
だって、あの人は好みじゃない。できれば関わりたくない部類の人だったから、と言いたいけれど言えるわけない。
「彼氏いないって言ったのに……どうしてそんな嘘ついたの? 彼氏がいるなら正直に言えばいいだろ?」
「だから、本当に彼はただの知り合いで……、先輩も知ってるでしょう? 私は昭仁と別れたばかりで彼氏なんていません」
「だったら……、知り合いなら福沢さんの誘いを断らなくてもいいだろ? せっかく大隈さんのことを気に入ってくれてたんだ、だからわざわざ……」
言いかけた木戸先輩が口を噤んだ。