鬼部長と偽装恋愛はじめました
ちょっと心配だな……って、私がそんなことを心配してどうするのよ。

だいたい部長の健康なんて、私には関係ない。

それに、日頃から大嫌いな上司を心配する必要だってない。

頭の中で、部長のことをかき消していたとき、携帯が鳴った。

それは部長の会社携帯からで、彼は小さくため息をつくと応答した。

「HELLO」

てっきり普通に出るものかと思ったら、いきなり英語で驚く。

思わず二度見すると、部長は流暢な英語で会話を続けた。

さすが、去年までニューヨークにいただけあって、英語がネイティブ並みだ。

はっきり言って、私では内容が聞き取れなくて、お弁当を食べるのも忘れるほどにア然と眺めていた。

そういえば、若狭部長は海外支社とも連携を取り合っているのよね。

時差もあるし、休憩とはいっても、ゆっくりできないんだ……。

部長は電話を切ると、ひとつため息をついた。

「なんだか、大変そうですね。昼休憩まで電話なんて。海外支社からですか?」

「ああ、タイ支社からな。だけど、昼休憩にかかってくるのは、まだマシな方なんだぞ?」

部長はしかめっ面をして、携帯をスーツの胸ポケットにしまった。

「えっ? そうなんですか? あっ、そうか。時差がありますもんね」

「そう。アメリカやイギリスなら、電話がかかってくるのが夜だから。その分、深夜残業で対応しないといけないしな」

すっかり頭から抜けていたけど、営業部はただ営業をすればいい部署じゃない。

海外の営業部門とのやりとりも重要で、そこから商品の開発や製造部門にデータが繋がっていく。

私は、海外部門とのやりとりがない業務だから、深夜残業なんてないけれど……。

部長は激務なのだから、健康には気をつけないといけないじゃない。

あれほど心配なんてしないと決めたのに、どうしても部長が気にかかってしまう。

そう思ったら、声をかけずにはいられなかった。

「少し食べますか? 出来るだけ野菜とか」

そっとお弁当を差し出すと、部長は目を丸くして驚いている。

「煮物とかどうですか? あまり色気はないですけど、私、田舎育ちなんで得意なんです。おいしいですよ?」
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