今日は恋をするには良い日だ
もちろん、私だって判らなかったのに
なんでって言われても、私が聞きたい。
そう、言ってしまえば私は振られた方だ。しかも最悪の振られ方。
三十七歳になった私は勤続十五年祝いとしてもらえる有給一週間を年末の休みとともにとることにして、彼・孝と二週間の長い旅行を予定した。
孝とは大学卒業直前からの付き合いで、こちらも十五周年。記念として、贅沢しようと話し合い、クリスマスイブの十二月二十四日から二週間年末年始をラスベガスで過ごす旅。
十五年の付き合い、長すぎた春とは陳腐すぎるが、でも、旅行を予定している時はまったくそんな様子はなかった。ラスベガスは、カジノ好きの孝の趣味で何回か二人でも行っているので、今回はツアーではなく個人手配。
「せっかく年末年始を過ごせるんだし、これから先こんな贅沢なかなかできないだろうから、ホテルも良いとこにしよう。」
と、ホテルもベラージオ。クリスマスプレゼントとして、ホテル代は孝が支払ってもくれたので、航空券は私が手配。
同級生カップルとしては、適当に対等な付き合い。彼の方が割高ではあるけど、全面的に甘えるわけではない関係が、丁度良い。
それでも、ベラージオは良過ぎる。もしかしてプロポーズもあるのでは?と思わせられた。
結婚したくないわけではなかったから、なぜ今でも結婚してないのか不思議だった。仕事が忙しい事、彼とのタイミングを言い訳に過ごしてきたら、いつのまにか三十八になっていた。子供を産もうと思ったらそろそろ真剣に考えなくてはいけない時期。
今までは仕事優先でやってきたけど、いい加減一度本気で考えなくてはいけない時期なのは判っている。むしろ遅すぎた頃だと。だから、この旅が私の人生の分かれ道になるだろうと、覚悟しながら準備していたが、よもやこんな分岐点だとは思ってもみなかった。
出発はクリスマスイブに成田。
デルタ航空も、最近はセルフチェックインだ。二人で並んで操作して、荷物を預けるための列に並ぼうとしたとき。
「孝さん!」
大きな声がフロアに響いた。
見ると、ワンピース姿の女性が立っている。
「げっ」
は、隣の孝の声だ。
「行かないでよ、やっぱり嫌だ~」
そう言いながら、彼女は泣き出した。
「今頃何言ってんだよ、行かないわけないだろう、旅行代金も払ってんだし」
孝が言う。
・・・ってか、そこ?旅行代金の問題?
頭が真っ白になっていたけど、もちろん判った。
彼女は孝の浮気相手なわけだ。
そして、その浮気相手はクリスマスから長期休暇を過ごすことが許せず乗り込んできたということで。
空港中の視線がこちらに向かってきて痛い。
そりゃあ、この相関図は一目瞭然だ。
しかも、私と彼女のタイプが全く違う。
絶対私の着ない色の淡い色調のワンピース。薄い栗色の髪はふんわりとパーマがかかって。きっちりとつけまつげまでつけたメイクをしている。
「あんなのが好みだったんだあ」
とりあえずの第一声でつぶやいてしまった。
だって全く違うんだもの。
取り乱して彼を追いかけてくるのに、あんなにきちんとメイクができるなんて、凄いなあ。と、素直に感心してしまう。涙を流しているけど、メイクは崩れていない。どこの化粧品だろう?と、考えてしまうのは女性雑誌時代の名残だろうか。
「いや、違うって。浮気だって言って付き合ってたんだよ。本命は別にいるからって。そしたら遊びで良いっていうから遊んでやってただけだよ。」
当の孝はこんな安っぽいことを言う。
孝もこんな人だったのか。
「で、いつから?」
「え?」
「いつから遊んでたの?」
「いや、・・・去年のクリスマスから、かな」
一年間。
全く気付かなかったなあ。
ううん、遊びで付き合える人だってことも知らなかった。
何も疑いもせず、ただ信じて付き合ってた。
いつの間にか、孝の足元で泣き続ける彼女。
「お客様、お荷物どういたしますか?」
いつの間にか、前が進んで私たちの順番になっている。航空会社の人が声をかけてきた。
私と孝の荷物はスーツケース各一個ずつ。
まだ二人の足元に置いたままだった。
私は、自分のスーツケースを量りの上に載せて言った
「ここで、一人分の航空券キャンセルってできますか?チェックインしちゃったんですけど」
「あ、はい。できます。キャンセル料がかかってしまいますが。」
にっこりとほほ笑む顔はプロだな。こんな状況に冷静に対応できるのだから。
「判りました。こちらの、井川孝の分をキャンセルしてください。帰りの分もお願いします」
「お、おい!」
孝が肩に手をかけてくるのを振り払う。
「なに?今から一緒に行けると思うの?その子を振りほどいて?泣かせたまま?」
孝の足にしがみついて涙を流している彼女を指さして言う。
私の涙は出ない。
あるのは、虚しさだけ。
十五年間も付き合っていたのに、私は孝の何を見ていたんだろう。
何か言いたげに、孝は口を二、三度動かしたけど、言葉は出てこなかった。
そして彼女を立たせると、目の前から消えた。
そう、言ってしまえば私は振られた方だ。しかも最悪の振られ方。
三十七歳になった私は勤続十五年祝いとしてもらえる有給一週間を年末の休みとともにとることにして、彼・孝と二週間の長い旅行を予定した。
孝とは大学卒業直前からの付き合いで、こちらも十五周年。記念として、贅沢しようと話し合い、クリスマスイブの十二月二十四日から二週間年末年始をラスベガスで過ごす旅。
十五年の付き合い、長すぎた春とは陳腐すぎるが、でも、旅行を予定している時はまったくそんな様子はなかった。ラスベガスは、カジノ好きの孝の趣味で何回か二人でも行っているので、今回はツアーではなく個人手配。
「せっかく年末年始を過ごせるんだし、これから先こんな贅沢なかなかできないだろうから、ホテルも良いとこにしよう。」
と、ホテルもベラージオ。クリスマスプレゼントとして、ホテル代は孝が支払ってもくれたので、航空券は私が手配。
同級生カップルとしては、適当に対等な付き合い。彼の方が割高ではあるけど、全面的に甘えるわけではない関係が、丁度良い。
それでも、ベラージオは良過ぎる。もしかしてプロポーズもあるのでは?と思わせられた。
結婚したくないわけではなかったから、なぜ今でも結婚してないのか不思議だった。仕事が忙しい事、彼とのタイミングを言い訳に過ごしてきたら、いつのまにか三十八になっていた。子供を産もうと思ったらそろそろ真剣に考えなくてはいけない時期。
今までは仕事優先でやってきたけど、いい加減一度本気で考えなくてはいけない時期なのは判っている。むしろ遅すぎた頃だと。だから、この旅が私の人生の分かれ道になるだろうと、覚悟しながら準備していたが、よもやこんな分岐点だとは思ってもみなかった。
出発はクリスマスイブに成田。
デルタ航空も、最近はセルフチェックインだ。二人で並んで操作して、荷物を預けるための列に並ぼうとしたとき。
「孝さん!」
大きな声がフロアに響いた。
見ると、ワンピース姿の女性が立っている。
「げっ」
は、隣の孝の声だ。
「行かないでよ、やっぱり嫌だ~」
そう言いながら、彼女は泣き出した。
「今頃何言ってんだよ、行かないわけないだろう、旅行代金も払ってんだし」
孝が言う。
・・・ってか、そこ?旅行代金の問題?
頭が真っ白になっていたけど、もちろん判った。
彼女は孝の浮気相手なわけだ。
そして、その浮気相手はクリスマスから長期休暇を過ごすことが許せず乗り込んできたということで。
空港中の視線がこちらに向かってきて痛い。
そりゃあ、この相関図は一目瞭然だ。
しかも、私と彼女のタイプが全く違う。
絶対私の着ない色の淡い色調のワンピース。薄い栗色の髪はふんわりとパーマがかかって。きっちりとつけまつげまでつけたメイクをしている。
「あんなのが好みだったんだあ」
とりあえずの第一声でつぶやいてしまった。
だって全く違うんだもの。
取り乱して彼を追いかけてくるのに、あんなにきちんとメイクができるなんて、凄いなあ。と、素直に感心してしまう。涙を流しているけど、メイクは崩れていない。どこの化粧品だろう?と、考えてしまうのは女性雑誌時代の名残だろうか。
「いや、違うって。浮気だって言って付き合ってたんだよ。本命は別にいるからって。そしたら遊びで良いっていうから遊んでやってただけだよ。」
当の孝はこんな安っぽいことを言う。
孝もこんな人だったのか。
「で、いつから?」
「え?」
「いつから遊んでたの?」
「いや、・・・去年のクリスマスから、かな」
一年間。
全く気付かなかったなあ。
ううん、遊びで付き合える人だってことも知らなかった。
何も疑いもせず、ただ信じて付き合ってた。
いつの間にか、孝の足元で泣き続ける彼女。
「お客様、お荷物どういたしますか?」
いつの間にか、前が進んで私たちの順番になっている。航空会社の人が声をかけてきた。
私と孝の荷物はスーツケース各一個ずつ。
まだ二人の足元に置いたままだった。
私は、自分のスーツケースを量りの上に載せて言った
「ここで、一人分の航空券キャンセルってできますか?チェックインしちゃったんですけど」
「あ、はい。できます。キャンセル料がかかってしまいますが。」
にっこりとほほ笑む顔はプロだな。こんな状況に冷静に対応できるのだから。
「判りました。こちらの、井川孝の分をキャンセルしてください。帰りの分もお願いします」
「お、おい!」
孝が肩に手をかけてくるのを振り払う。
「なに?今から一緒に行けると思うの?その子を振りほどいて?泣かせたまま?」
孝の足にしがみついて涙を流している彼女を指さして言う。
私の涙は出ない。
あるのは、虚しさだけ。
十五年間も付き合っていたのに、私は孝の何を見ていたんだろう。
何か言いたげに、孝は口を二、三度動かしたけど、言葉は出てこなかった。
そして彼女を立たせると、目の前から消えた。