四百年の恋
 「私を嫌いなわけではないのだろう?」


 「……」


 「なぜだ?」


 「冬悟さまはいずれ、福山家の家督を継ぐ身でいらっしゃいますから。私のような者が入り込む余地などありません」


 「私が、家督を?」


 冬悟は苦笑した。


 「どこかで噂を耳にしたのだな」


 姫はこくっと頷いた。


 「安心しろ、私は家督など継がぬ」


 冬悟は思いも寄らぬことを口走った。


 「では……。この福山家の家督は、どうなるのでしょうか?」


 「兄上はまだお若い。これからまだ嫡男誕生の可能性もあるだろう?」


 確かに当主・冬雅はもうじき40で壮年の域なものの、子供が望めない年齢でもない。


 「家臣どもが慌てて、先走っているだけだ。いずれ兄上にもきっとお子が生まれる。それに私の上には兄が三人もいる。私が家督を継ぐ必然性など、どこにもないのだ」


 「ですが」


 冬悟の説明ももっともなことではあるが、その手にできるかもしれない福山家次期当主の座を、みすみす手放してしまうのはもったいないことなのではないか?


 姫はそうも感じた。


 「無理に無理を重ねての家督相続など、私は望まぬ。反対する者も多いのだし」


 「……」


 (本当に……それでいいのかしら。冬悟さまが当主となってこの地を治めれば、もっとよい国となるような気もするのだけど)


 「それに、一度も会ったことのない京の公家の娘を、正室に迎えるのも嫌だ」


 一呼吸置いて、


 「私は、月姫を正室に迎える所存だ」


 冬悟はそう宣言した。
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