四百年の恋
 「見事な桜であろう?」


 急に後ろから、姫は声をかけられた。


 (冬悟さま?)


 冬悟の声かと思い、振り向いたところ。


 「殿」


 当主・福山冬雅だった。


 いつの間にか姫と同様に宴の席を抜け出し、庭園へと逃れてきたようだ。


 夜桜を愛でるために。


 「この桜は、母上が京の都より嫁いで来られた際に、都より運んできたものだ」


 「はい、冬悟さまより教えていただきました」


 「母の婚儀を祝して記念植樹したものが、今やこんなに見事に咲き誇っている。母上もあの世で喜んでいることだろう」


 冬雅の母、すなわち先代の正室は、先代に先立って亡くなられている。


 (確か今年か来年が、十三回忌のはず)


 「父には側室も多かったし、京からこのような北端の地に嫁いで来た母は、いつも寂しそうにこの桜の木を眺めていた」


 冬雅の母は政略結婚ではるか北の地へと嫁いできたものの、夫となった先代当主には他にたくさんの女がいて。


 頼るべき人もおらず、孤独な日々を送っていたことだろう。


 「ゆえに母は、私が家督を継ぐ日だけを楽しみに生きていた。そして私が父より家督を譲り受けたその直後に、力尽きるように亡くなってしまった」


 そう語って、揺れる花びらを見上げる冬雅もまた、姫にはどこか物寂しそうに見えた。
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