四百年の恋
 「ですが散るからこそ、来年の開花を楽しみにできるのではないでしょうか」


 「……と申すと?」


 「どんなに美しい桜でも、一年中咲き続けていたら、きっと飽きてしまうでしょう。長い冬を越えて春の訪れと共に、ほんの一瞬だけ咲き誇るからこそ、私たちはますますその開花を心待ちにすると思うのです」


 「ふむ……」


 冬雅は納得したように頷いて、腕を伸ばして桜の枝を折った。


 「そなたは、桜の精霊が人の姿を借りて現れたような姫だな」


 そう告げて、冬雅は姫に桜の枝を手渡した。


 「私は福山家の当主であるが、冬悟の兄であることには代わりはない。そなたとも近い間柄になるのだから、これからよろしく頼む」


 「はい、恐れ多いことではありますが、こちらこそ」


 「義理とはいえ、そなたには兄とは思われたくない気もするが」


 「心得ております」


 ただの義兄ではなく当主であることをゆめゆめ忘れるなという意味で、冬雅はそう述べたのだと姫は信じていたのだが……。


 ほどなく冬雅は、呼びに来た家臣と共に宴の席へと戻っていった。


 「……」


 姫はその枝を手に、しばらくその場に立ち尽くしていた。
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