四百年の恋
 (言われてみれば。常に屈託のない笑みで、周囲の者を和ませる冬悟さまに比べると。殿の周囲はいつも、張り詰めた緊張感が満ちている……と叔父上も話していた)


 「兄上はおそらく、誰も信じてはいない。この私のことも」


 冬悟は寂しそうにつぶやいた。


 生まれながらに福山家の次期当主の地位が約束され、先代より広大な領土を相続し、蝦夷地の莫大な富を掌握し、大勢の家臣団を率い、多くの女たちにも囲まれ。


 (傍から見れば殿は、羨ましいほどに何もかも持ち合わせているようなのに)


 実情は……。


 常に他人を疑い、現在の地位が永遠に続かないと恐れおののき、不安に駆られ……。


 (権力や富を持っているからといって、人は必ずしも幸せになれるとは限らないのだ)


 逆に、先代の末の若君としてのびのび育てられた冬悟のほうが、ほどほどの地位と富だけでも、姫には十分に幸せそうに思えた。


 「心配だった。兄がお前に目をつけたんじゃないか、って……」


 「だから、そんなことあり得ませんって」


 「嫌な予感がしたんだ」


 そう言って珍しく強引に、冬悟は姫に唇を重ねた。


 息もできないくらいに、激しく。


 いつもの冷静な冬悟ではなかった。


 (兄である冬雅さまの行動に、冬悟さまはそんな不安にさせられるのかしら。この兄弟の関係はいったい……)


 「私はどんなことがあろうとも、冬悟さまのお側を決して離れません。離れる時は、死ぬ時です」


 「姫」


 冬悟を安心させるために、姫は誓った。


 不安を払拭するために、冬悟は再度姫を強くを抱きしめた。


 その間も音もなく、桜の花びらは舞い続けていた。 
< 137 / 618 >

この作品をシェア

pagetop