四百年の恋
 ……。


 その後しばらくの間、二人は桜の木々の間でじゃれ合い、ふざけ合っていた。


 「やめてください。人が来ます」


 「構わぬ」


 捕まえようとする冬悟の腕から逃れながら、姫は庭園を駆け巡った。


 酒の勢いもあり姫はいつもより大胆に、冬悟を誘うような素振りも見せた。


 「こら、いい加減にしないと、せっかくの着物も台無しだぞ」


 打掛(うちかけ;着物の一番上の部分)は脱いでいたので、姫は庭園内を身軽に動き回ることができたのだけど、別の桜の木の根元でついに捕まってしまった。


 「えいっ」


 「うわっ」


 隠し持っていた桜の花びらを手のひらから放つと、花びらは紙吹雪のように冬悟の頭に降り注いだ。


 「いたずらばかりする悪い子には、お仕置きするぞ」


 姫はきつく抱きしめられ、もはや逃れられなくなった。


 六尺(約180センチ)近くあって背の高い冬悟は腕も長く、たやすく姫を捕まえる。


 「綺麗な月……」


 追いかけ合うのに疲れて、二人は夜桜に囲まれながらふと空を見上げた。


 満開の桜に合わせたかのように、満月が輝いていた。


 若干、朧月夜。


 ほんのりと桜を照らし、その光景はとても幻想的だった。


 「月は、お前の象徴だな」


 姫の名前、月姫の由来は。


 生まれた時に見事な満月が輝いていたからだった。


 ところが。


 当主である冬雅の奥方が、都輝子(つきこ)という名。


 偶然なのだが同じ「つき」という名前なので、畏れ多いと陰口を叩く者もいた。
< 138 / 618 >

この作品をシェア

pagetop