四百年の恋
 「兄上、いいえ殿。なぜに突然そんな」


 今まで次期当主云々の話題は、微妙かつ重要な問題ゆえ、冬雅はあまり言及してこなかった。


 (なのになぜ今、ここで突然……?)


 「私はそなたの才覚を評価しておる。加えて生前に太閤殿下からも、推薦状が届いていた」


 「ですが、」


 「私はすでに不惑の域(40歳)を越えた。今のうちから後継者を定めておかねば、福山家の今後に影響を及ぼす。豊臣家の現状を見れば、明々白々だ」


 「殿にはまだ、ご嫡男誕生の可能性がございますのに」


 「たとえ今、私に嫡男が生まれたとしても。その成人の頃には私は還暦だ。生きていられるとは限らぬ。だから今のうちに後継者を定め、領内の安定を図りたい」


 「殿には私以外にも、兄弟がおられるではありませぬか。私ではなくとも」


 そう、冬雅には冬悟の他に、三人の弟たちがいる。


 冬悟は五男で、長男の冬雅の以下に次男、三男、四男と。


 彼らは今宵、皆この広間に顔を揃えていて、冬雅の末弟である冬悟への突然の家督継承宣言に対し、明らかな戸惑いの表情を浮かべている。


 「他の弟どもは、すでに正妻を迎えていたり、出家していたりなので、不都合なのだ」


 「……どういうことでしょうか?」


 「家督相続には、一つ条件がある。今年十歳になる我が娘との婚姻が、その条件だ」


 「えっ」


 「冬悟、そなたと我が娘との結婚を命ずる」


 「兄上? 何を仰っておいでなのですか!」


 月姫も、おそらく冬悟も。


 冬雅の言葉の何もかもが理解できずにいた。
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