四百年の恋
 「無理してない?」


 「何が?」


 「俺の真姫を好きだって気持ちに流されて、ただの同情で俺に抱かれてるんじゃ」


 真姫があのケガの一件に対し罪悪感を持っているのが、自分のそばにいてくれる理由の一つだと圭介は薄々感じていた。


 「……そんな心配する暇ないくらいに、強く抱いて」


 珍しく真姫のほうから、圭介に腕を絡ませてきた。


 (真姫は切ない記憶を、全て忘れ去ってしまいたいのかもしれないし、俺を福山の身代わりにして、抱かれている夢を見ているのかもしれない)


 それでもよかった。


 今、真姫を抱いているという現実がこの腕の中に存在しているのなら、それだけで十分だと圭介は強く真姫を抱きしめた。


 ……一線を越えたイヴの夜からちょうど一週間、大晦日の夜を迎えた。


 二人で新年を迎えようと、寒空の下星を見上げていた時のことだった。


 どこからか除夜の鐘の音が響き渡ってくる。


 「この街随一の、由緒ある寺の鐘だ」


 通行人の会話が聞こえてきた。


 由緒ある寺の鐘。


 「福山の殿様が建立なさった、北海道で最も古いお寺だ」


 かの福山冬雅の命令で建立された、伝統ある寺の鐘の音だった。


 ここ函館でも、地元の戦国武将・福山冬雅の人気は高い。


 (福山冬雅。福山家第三代当主。弟である福山冬悟に死を命じた男……)


 嫌でもまた、福山の面影が圭介の頭をよぎる。


 「真姫」


 圭介は心配そうに真姫の顔を覗き込んだが、


 「どうしたの? 早く行かないと初詣で混むから急ぎましょう」


 真姫は気にしてない様子で、神社へと急いだ。


 その間も遠くの鐘は街中に響き渡り、それが圭介にはまるで蜘蛛の巣のように全身に絡み付いて感じられた。
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