四百年の恋
 ……。


 「結婚しよう」


 いつもどおり、ひとしきり抱き合った後。


 圭介はシーツの中で、真姫の左手の小指にキスをしながら告げた。


 「大学を卒業して、仕事が軌道に乗った頃。圭介くんの気持ちが変わっていなかったら、その時はもしかしたら……ね」


 毎度のことながら将来に話になると、圭介は真姫にはぐらかされる。


 「俺の気持ちが、変わるわけないだろ。絶対に真姫を離さないからな」


 背中に腕を回し、また抱きしめると、


 「私に他に行く場所など……もうどこにもないでしょう?」


 真姫は圭介の腕の中で答えた。


 そう、今の真姫には、他に行く場所などない。


 ……福山が桜の木の中に閉じ込められている限りは。


 「……」


 真姫の満ち足りた寝顔を見つめているだけで、圭介は愛しい想いを噛みしめることができる。


 と同時に、この人を一生守って生きたいと強く願う。


 が、一番の不安が目前に迫っていた。


 連休明け、実習の一環で松前の福山城にまで出向かなければならない。


 福山城。


 かつて月光姫と福山冬悟が、甘い夢のような日々を過ごした場所。


 その後引き裂かれた、悲劇の場所……。


 冬悟の魂が閉じ込められた桜の木も、そのすぐそばにある。


 (真姫をそこに近づけるのは、危険極まりない。何らかの拍子で、奴の眠りを覚ましでもしたら)


 取り返しのつかないことになるかもしれないと、圭介は危惧した。


 でも真姫は、「私なら大丈夫よ。私には圭介くんだけだから」と繰り返し。


 そう告げて先ほど、自ら圭介に唇を重ねた。


 もう福山に未練などないことを証明するかのように。
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