四百年の恋
 「無念の死の事実がなかったこととされたのも、もちろん悔しいのですが」


 真姫は月光姫として、再び語り出した。


 「私と冬悟さまの生きた軌跡を残せなかったのが、一番悲しい」


 そう述べた途端、真姫の瞳から涙が一筋流れた。


 「何もかもが消えてしまった……」


 切なげにつぶやきながら。


 「真姫、目を覚ますんだ!」


 たまらず圭介は、真姫の肩を揺さぶった。


 このまま月光姫の記憶に押されて、真姫が消えてしまいそうで怖かったのだ。


 「過去のことはもう忘れるんだ」


 圭介は人目を憚らず、真姫と唇を重ねた。


 月光姫の記憶の中に閉じ込められた、真姫の存在を取り戻すために。


 そして自らの首にずっとかけられていた十字架のネックレスを、真姫の首へと移した。


 今守るべきは自分自身よりも、真姫のほうだと思われたからだ。


 「あっ!」


 十字架をかけられた途端、月光姫もまた苦悶の表情を浮かべた。


 「……どうしたの?」


 そして真姫は意識を取り戻した。


 この十字架は福山冬悟のみならず、月光姫をも苦しめる効用があるらしい。


 それだけ福山冬雅の念が強く込められているのだろうか。


 「よかった……」


 真姫が意識を取り戻したのを確認して、圭介は安心して真姫を抱きしめた。


 「ちょっと、人前でやめてよ」


 展示コーナーのガラスを破壊したことで、館長クラスからお叱りを受ける羽目になったが、それと引きかえに発見された、「福山冬悟の婚約者」なる人物が書き残した文書の重要性は高く。


 ガラスの件は、厳重注意に留められた。


 そしてそのまま、城内見学は続行されることとなる……。
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