四百年の恋
 「……桜は比較的長寿な樹木ですが、害虫や病気による被害も多く、この庭園の木々の大部分は戦後に植え直されたものです」


 残念ながら今咲き誇っている木の大部分は、実際に冬悟や月光姫が生きていた当時から、ここに植えられていたわけではない。


 「ですが樹齢四百年を越える木もいくつかあり、福山家創生の日々を思い起こすことができます。代表的なものは、名残(なごり)と名づけられた木」


 ガイドが「名残」という木の方角を指差した。


 この庭園内で最大級ともいえる、あでやかな巨木。


 (淡い色の花びらに、木が押しつぶされそう)


 福山冬雅の母が京の都より輿入れした際に、記念に植えられたものだという。


 樹齢四百年以上。


 月光姫と福山冬悟が無邪気に微笑み合った光景を、この木は見守っていたことだろう。


 「あと有名なのは、隣接する公園内の薄墨(うすずみ)という木ですね。これまた樹齢四百年クラスの老木で」


 薄墨。


 それこそまさに、福山冬悟の魂が閉じ込められているという木だ。


 この場所からは見えないが、こちらからは絶対に近寄らないように、真姫をそちらに近づけないようにしようと圭介は用心した。


 (福山冬悟を甦らせでもしたら大変だ)


 「綺麗」


 真姫の近くにいた友達の麻美が、手のひらに舞い降りた桜の花びらを眺めていた。


 柔らかな春の風に乗り、花びらがこの大広間までも入り込んで来る。


 (まあ、見事な桜)


 四百年前、福山冬雅主催の宴に招かれた人々もきっとここで満開の桜を愛でながら、酒を酌み交わしたり琴の音色に感銘したりと、満ち足りたひと時を過ごしたのだろうと当時が窺えた。
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