四百年の恋
 「行くな、真姫!」


 圭介が止めるのも聞かず、真姫は駆け出した。


 真姫の向かう先は庭園ではない。


 ここ福山城と隣接した公園。


 そこに植えられた、「薄墨」という木の元へと走っている。


 (薄墨は、福山冬悟の魂が眠る木……)


 圭介は真姫を追いかけたが、ケガの影響で以前のようには走れない。


 まだ恐怖心が払拭されていない。


 見かねて麻美が先に行ってくれて、圭介も必死で後を追う。


 真姫は一目散に、「薄墨」の方角へと向かっている。


 この辺りの土地勘はないはずなのに、迷うことなくまっしぐらに。


 「吉野くん、こっち!」


 圭介は一歩先に走っていた麻美の元へたどり着いた。


 麻美が指差す方向を見ると、真姫は「薄墨」という木に語りかけていた。


 「冬悟さま。再会の約束を果たしにまいりました」


 (姿形は真姫なのに、これは真姫じゃない。月光姫が真姫の体を借りて、行動しているんだ)


 「冬悟さま……。あの時は離した手をどんなに悔やんだことか。もうお側を離れません」


 真姫は薄墨の幹へと近づく。


 だがこの木は、国の天然記念物。


 木を囲む柵の中に侵入し、木に触れることはできない。


 にもかかわらず真姫は柵を越えて、木に近づこうとする。


 「だめだ!」


 圭介は真姫を掴んだ。
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