四百年の恋
***


 「切腹……!」


 姫は手にしていた瀬戸物を落としてしまい、床の間の縁にぶつかったため、それは派手な音を立てて割れた。


 「すまない。私の力不足で……」


 うなだれる安藤の叔父。


 「なぜ……ですか。冬悟さまは無実のはずなのに……」


 「陥れられたにせよ、陰謀の証拠を殿に握られてしまった。城内および領内の秩序を乱したとの罪状で、刑場に移動後、本日夕刻」


 「いや!」


 姫は耳を塞いだ。


 「牢の番人を通じて、冬悟さまからお前への伝言を賜った。決して後を追うことのないようにと」


 「聞きたくありません!」


 姫は部屋を飛び出した。


 馬を用意する時間も惜しいので、そのままの格好で草履を履いて叔父の屋敷を飛び出した。


 「姫!」


 叔父たちの姫を引き止める声も、全てが無意味だった。


 (もうすでに夕刻。果たして間に合うだろうか……)


 城内を血で穢すのを冬雅はよしとせず、冬悟は城の裏門から城外に運ばれ、脇を流れる河原で刑に処せられるらしい。


 姫は屋敷の裏門へと急いだ。


 「あっ!」


 屋敷の門から外に出た途端、つまずいて転倒してしまった。


 「痛……」


 着物の下の膝がすりむけ、血が出ているようだが、姫には痛みを感じている余裕などなかった。


 (冬悟さまの元へ急がなくては。悪人たちの手から冬悟さまを助け出し、どこかへ一緒に逃げよう)


 姫は走りながら思いを馳せた。


 (もう、「姫」という身分も立場も何も要らない。冬悟さまの命を、救うことができるなら。豪華な暮らしなど望めなくとも、生涯を共にできさえすればそれでいい!)


 そこまで思いつめるほどに。
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