四百年の恋



 その日、少々風邪気味だった月姫は、早い段階で治してしまおうと薬を求め、医師の元へと向かっていた。


 「予想以上のご寵愛ぶりね。あの調子なら月どのにお子が授かるのも、時間の問題でしょう」


 福山城に使える女たちが、やはり医師の元に薬を求めて訪れていて、姫の存在に気づかないまま噂話に花を咲かせていた。


 「今さら月どのに男の子が生まれたら、後継者問題がややこしくならないかしら」


 「奥方さまには女の子しか生まれなかったし、他の側室の方々にも女の子だけ。殿にはお世継ぎがいらっしゃらないし」


 「だからこそ、月どのに今後、嫡男誕生の期待をかけているのね」


 「それにしても、驚くばかりのご寵愛ぶりね」


 「……知ってる? 殿が月どのをご寵愛なさる理由」


 「冬悟さまの許婚だったのを、強引に奪い取られたくらいですから。相当な恋慕だったのでしょうね」


 「それだけじゃないわよ。古株の侍女たちは皆知っているのだけど、月どのは殿の初恋の相手の村娘に、瓜二つなのよ」


 (え……?)


 聞いてはいけない話が始まりそうで、姫の胸の鼓動が速まる。


 「何その村娘って」


 「殿がお若い頃、身分の低い娘を望まれたことがあるの。だけど京の公家の娘との婚約が決まったため、周囲の大人たちに引き裂かれてしまったのよ」


 「で、その娘は?」


 「心労のあまり、亡くなられたそうよ」
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