四百年の恋
 「センセー、思い出してみたら?」


 「何をだ」


 「さっき話してくれた、その人の最期の言葉」


 真姫の最期の言葉。


 波間に消え行く直前に、「ごめんね」……。


 外した指輪の下の置き手紙に、「今までありがとう」。


 「……」


 最後の夜、最後に抱いた時。


 これまでにない優しい振る舞いに、何の予兆をも感じられなかった自分を悔やんでいた。


 すでに死を決意していて、自分をごまかすための演技をしているだけだと信じ込んでいたから。


 「少なくとも死ぬまでの間、センセーと一緒にいた時間は、その人は幸せだったんじゃないかな」


 身代わりでもよかった。


 心を手に入れられなくても、運命を共にできるだけでよかった。


 だけど、それじゃ寂しくて。


 心をも手に入れようともがいた。


 たとえそれが、真姫には重荷だったとしても。


 「その人と過ごした時間や残した言葉は、偽りじゃないんだから。信じてあげたほうがいいと思うよ」


 「信じる、か……」


 圭介は振り返った。


 結果的に自分は一人取り残されたけれど、愛し合った日々の記憶や温もりは、確かに現実として存在したこと。


 忘れることなどできない思い出。


 かけがえのないもののはずなのに、裏切られたという思いが強く、それらを避けて生きてきたような気がする。


 (無理に……、忘れなくてもいいのだろうか)


 捨てられたという絶望の中、信じる気持ちすら忘れていたことに圭介は気がついた。
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