四百年の恋
 「失礼します……」


 入り口は開いていたので、美月姫は「夕映霞」店内へと足を進めた。


 開店前のキャバレーは、未だ無人。


 営業前の清掃作業を終えた直後だろうか。


 厨房らしき奥の間からは、人の気配がする。


 おそらく今晩の店の準備中。


 「……どなた?」


 不意に声がして、美月姫はびくっとした。


 気がつくと、店のかなり奥まで入り込んでいた。


 声の聞こえてきた方角を振り返ると、清水優雅の母であり「夕映霞」のママである紫(むらさき)が、美月姫を見つめていた。


 「今日、面接の予約あったかしら?」


 紫は無表情のまま、煙草の煙をなびかせている。


 「いえ、私は……」


 「情報誌見て来たの? それとも飛び込み?」


 紫は美月姫のことを、バイト面接のために訪れた新人だと思い込んでいるらしい。


 「違うんです! 私は清水優雅くんの同級生で、大村と申します!」


 「あら、優雅の……」


 ようやく紫は納得したようだ。


 「そういえばあなた、どこかで見たことがあるわね……」


 「これまで数度、お目にかかっています。水上さんのお宅と、あと去年の秋に中華料理店でも一度」


 「ああ、あの時の」


 紫は数度頷いた後、大方吸い終わった煙草を灰皿に押し付けて消した。
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