四百年の恋
 「夜はまずいだろ」


 夜は倫理的にもまずい。


 そう思った圭介は即座に否定したが、美月姫が不安そうな表情を見せたので、慌てて言い直した。


 「……夜はお化けが出るから、取り憑かれたらまずいだろ」


 「先生って、幽霊の存在を信じているんですか」


 「信じているっていうか、いないことを証明できない以上は、可能性が残されているってことだから」


 「なるほど」


 圭介は特に、幽霊だのUFOだのは信じていなかったのだけど。


 若い頃に体験した、福山冬悟の不思議な一件以来、この世には常識を超越した何かがあるのだということを認識しないわけにはいかなくなっていた。


 その何かに導かれる形で、愛した真姫は福山の後を追うように姿を消した。


 入れ替わりで自分の前に現れたのが、目の前の大村美月姫。


 恐ろしいくらいに真姫の面影を宿している。


 「……」


 圭介は美月姫の瞳を見つめるのが怖くて、海を眺める振りをして背を向けた。


 目の前に拡がる、穏かな海。


 日々の仕事、学校内での人間関係、生徒のトラブル。


 大きな事態に発展するような問題はないのだけど、それでもやはり日常生活ではストレスも多い。


 だけどこうやって穏かにどこまでも拡がる海を眺めていると、自身のちっぽけな悩みなど、ほんの些細なことのように思えてくる。
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