四百年の恋
 ただ……。


 今日の海は、どこか悲しげだった。


 遠い昔の、悲しい記憶を呼び起こすような。


 (ここに真姫と来たことあったっけな。覚えていないけど)


 真姫との思い出を辿っている時だった。


 「寒くなってきました」


 横にいた美月姫はつぶやいた。


 ふと見ると、袖の短いブラウスを着ている美月姫は、かなり肌寒そう。


 「俺の上着あるけど、車の中だし。……もう帰るか?」


 「いえ! もうすぐ日の入りで綺麗だと思うし、もっと先生と海を見ていたいし」


 美月姫は駐車場へ戻るのを拒んだ。


 「つらくなったら我慢しないで、はっきり言えよ」


 「大丈夫です。先生を風よけにして眺めています」


 美月姫は圭介の背後に回り込んだ。


 「ここにいれば風が来ません。夕暮れの瞬間を待っています」


 携帯電話のカメラで、撮影しようとしているようだ。


 「無理するなよ」


 美月姫に忠告して、圭介は再度目の前の海を眺め始めた。


 この悲しい気持ちは、なぜだろう。


 胸を締め付けられるような思い。


 遠い昔の、やるせない記憶。


 身を切られるようなつらい体験だったはずなのに、何だったのかが思い出せない。


 「!」


 その時だった。


 背中に柔らかい温もりを感じた。
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