四百年の恋

浜辺

***


 「先生!」


 波打ち際で美月姫が圭介を呼ぶ。


 サンダルを脱いで、浜辺で波と戯れている。


 波は穏やかだが、時折波飛沫が膝丈のワンピースの裾を濡らす。


 九月最初の日曜日。


 すでに北海道では海水浴シーズンは終わりを告げているが、昼間の気温が30度近くまで上がっているので、初秋の海は心地よい。


 松前町の海。


 函館から一時間くらいかけて、ドライブで訪れていた。


 先ほどまで福山城を見学し、一通り見終わった後、城から近い海辺に二人で来ていた。


 午後から夕方へと時刻が移り行く頃。


 美月姫は波打ち際ではしゃいでいた。


 圭介はそっと、その姿を見守っていた。


 ……先ほど、福山城の見学を二人で行なった際。


 勤務中のオタク男(大学の同期)に挨拶をして、チケットをもらったのだけど。


 「う、うわあーっ!」


 美月姫を見るなり、オタクは叫び声を上げ、退いた。


 当然ながら、真姫が化けて出てきたと勘違いしたのだろう。


 「よ、吉野くん、この方は」


 落ち着いた後、恐る恐るオタクは圭介に尋ねた。


 「俺の教え子」


 「え、でもこの方、花里……」


 「この春卒業して、北大の史学科に進んだから、参考にと思ってここに連れて来たんだ」


 オタクが真姫の名前を口に出そうとしたので、圭介は慌てて話を変えた。


 「そうなんですか……」


 一応は頷いた後、オタクは圭介を物陰へと連れて行った。


 きょとんとする美月姫を残して。
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