四百年の恋
 根元にプレートがあって、「薄墨(うすずみ)」と桜の名前が記されている。


 「木の一本一本に、名前があるんだね」


 その名の下にきちんと、「品種;エドヒガン系、樹齢;400年強」と示されていた。


 ソメイヨシノの原木で、古来から日本人に愛されてきた種類。


 蕾の時には淡い桃色、満開になると白く染まり、散りゆく頃には薄墨色に色を変えるという。 


 今は満開で、夜闇を白く染めている。


 不吉なくらいの妖艶さだ。


 「……この桜の木も、樹齢400年に到達するんだよな。400年前から生きている木だったら、霊が住み着いていても不思議ではない」


 「やめてよ気味が悪い。さっきの人は間違いなくそこに……」


 真姫は、木の根元に近づこうとした。


 「木の根元は、立ち入り禁止だ。観光客が根元の土を踏み固めると、木の根が呼吸困難に陥るんだ」


 「……」


 確かに木の周辺数メートルは、低く柵で囲まれている。


 (さっき私は、どうやって根元まで駆けていったのだろう)


 かなり疑問に感じた。


 とはいえ酔っていたので、記憶も定かではなくv。


 「さ、みんな待ってる。戻ろう」


 圭介に促され、真姫は桜を振り返りながら宴会の席に戻った。


 非常に名残惜しさを感じながら。
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