白雪姫の願いごと




……やがて葉月は、自分の泊まっているホテルへと帰っていった。


そんな彼女を見送った私――春川愛理は事務所の中へ戻ってくると、いましがた葉月の書いた書類をじっと見つめている雅彦に声をかけた。



「ねぇマサ君、葉月ちゃんとっても美人だったでしょー?」


「……そうだな」



こちらにチラリとも目もくれず上の空で答える雅彦は、相も変わらず美しい。まるでどこかの絵画のワンシーンのようで、愛理は一瞬息を呑む。


しかしそれより、アッサリと葉月のことを『可愛い』と同意した雅彦の言葉になんだか少し傷ついて、さらに雅彦へ声をかける。



「なになに、マサ君が可愛いって言うなんて珍しいじゃん!愛とか芽生えちゃいそう?」


「そうだな――」



だが帰ってきたのは、そんな感情の篭らない生返事のみ。



(……うん、このマサ君には何言っても無駄だね)



あんまり話しかけても迷惑だしね。と自分に言い聞かせ、私はその場で踵を返した。


だが、その時。



「愛とか恋とかが芽生えるかどうかは分からんが――ひとつ、大きな違和感なら芽生えたぞ」



背後から聞こえたそんな低い声に、私は思わず勢いよく振り返った。


そんな私の目をまっすぐ見つめ返した雅彦が、ゆっくりと口を開く。



「いま資料を見て知ったが、彼女はすでに成人しているようだな」


「う、うん。それが?」


「……成人しているにも関わらず、なぜしばらく絶縁していた実の父親を捜す?よっぽどのことがなければ保護者など必要のない年齢だろう。独り立ちだってできるはずだ。なのに、何故探偵まで雇う必要があった?」


「そ、それは……また一緒に暮らしたい、とか?」


「幼い頃から会っていない、顔すら思い出せない父親と?」


「う……」


「お前と同い年だと聞いていたから、ついつい未成年だと思い込んでいたのが失敗だったか」



俺もまだまだだな、と雅彦は首を振って立ち上がった。



「それに、気付いているか?彼女は今回、『父を捜してほしい』としか言わなかった。普通なら、父を捜す目的も合わせて伝えるところを、彼女はあえてぼかしたんだ」


「あ…………!」



それに気付いた瞬間、私は思わず声を上げていた。


確かに彼女は父の捜索を依頼はしていたが、その後どうしたいとか、彼についてどう思っているかなんて一言も言わなかった。


――果たして彼女は、わざと口を閉ざしていたのだろうか。


閉ざしていたとすれば、それは何故?



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