彩りを吐いて君はゆく
先輩が笑うと、オレンジの絵の具が減った。先輩が泣けば青の絵の具が減るし、先輩が怒ると黒い絵の具がなくなった。手を繋げば桃色に塗れて、キスをすれば赤色でキャンバスはいっぱいになった。
それまで、どうしてこんなにたくさんの色を避けていたのかわからなくなるほどに、私の指は無意識に色彩を貪っていた。白一色で形成されていた私の世界は、あっという間に鮮やかになった。
「先輩のことを考えると、いろんな絵を描きたくなるんです。白が好きなのに、白だけじゃ足りないんです」
我ながらよくわからない愛の告白だったけれど、それでも先輩は嬉しそうに笑ってくれた。オレンジ色の絵の具が、また減った。
それから毎日、変わらずひたすらに絵を描いた。すべてが真っ白だった頃とは比べ物にならないくらいに、たくさん絵を描いた。
先輩のことを想いながら浮かんだ風景を、先輩のことを想いながら描いて、そのたびに先輩に見せた。そんな私に呆れることも、愛想を尽かすこともなく、先輩はいつも笑って、綺麗だね、と言ってくれた。
「先輩は、画家になるんですか?」
「あはは、無理でしょそれは」
「どうして?」
「才能がないとね。もっと、圧倒的なさ」
寂しげに笑う先輩の唇を、今度は私が塞いだ。
私に色をくれたのはあなたなのだから、きっと大丈夫なはずなんだ。こうして並んで絵を描いて、あなたの描き出す世界を見ているだけで私は幸せなのだから、それで十分じゃないか。才能なんて、きっとそういうものでしょう。
そう言って微笑み返した私を、先輩が抱き寄せた。ありがとう、とこぼれた声が震えていたような気がしたけれど、気付いていないふりをした。
私は、その彩りに恋をしていた。そして、先輩に恋をしていた。
その年、先輩の高校生活最後のコンクールで、入賞の文字の下に飾られていたのは、先輩の絵ではなかった。
私はかける言葉がみつからなくて、ただ目を伏せることしかできなかった。ごめんなさい、と言っていいのかもわからなかった。
先輩のことを想いながら、先輩がくれた色で描いた、先輩のための絵が、先輩の居場所を、奪ってしまった。
「おめでとう」
私の髪を撫でながら、そう笑った先輩は、やっぱりとても、鮮やかだった。
次の日から、先輩は部室に来なくなった。