年下ワンコとオオカミ男~後悔しない、恋のために~
……ん?
彼の口から一瞬、違う人間の名前が飛び出したのを、私の耳は聞き逃してくれなかった。
――今、さきさん、って言わなかった?
話し続ける彼の様子に特に変化はない。
ただ言い間違えただけだろうか、それとも私の聞き間違い……。
「沙羽さん? もしかして寝てます?」
からかい混じりの声で問われて、我に返る。
「寝てないよ、ちょっとぼんやりしただけ」
「別に寝てもいいですよ、ベッドへどうぞ」
彼が笑いながら髪を乾かし終わって、ちょうどいいタイミングでピーッ、とお湯が沸く音がした。
彼が立ち上がって火を消して、なにやらティーバッグを取り出している。紅茶かな、と思ったら、どうぞ、と差し出されたカップには薄い黄色の液体が入っていた。
「カモミールティ? だそうです。勝手に置いてかれたんですけど、俺飲めなくて」
……勝手に置いてった、って、誰が?
「あ、もしかして沙羽さんも苦手でした?」
受け取ったカップを凝視したまま動かない私を見て、彼はあちゃ、という顔をした。
「嫌だったら他の物……」
「ううん、好きだよ、ハーブティ。ありがと」
慌てて止めてしまっていた手を動かして、カップを口に運んだ。嘘ではなくハーブティは好きで、家にも何種類かストックしてある。
飲み始めた私をほっとした様子で見てから、大輔くんはドライヤーを片付け始めた。
「じゃあ俺もシャワー浴びてくるんで、沙羽さんは先に寝ててください。
ベッド使ってくださいね、電気も消しちゃっていいので」
「大輔くんはどこで寝るの?」
「俺はコタツで寝ます。慣れてるんで気にしなくていいですよ。友達が泊まりにきた時は大抵そうするし、一人の時でも気付いたらコタツで寝ちゃってること、よくあるんで」
そう言って、自分の分の着替えを持って大輔くんが部屋を出ていった。