初恋
その日、アルバイト先でちょっとしたいいことがあった。

常連さんのおじさんがいるんだけど、普段はいつも恐ろしく厳しい顔をしている。
その人は夕方遅くにやってきて、コーヒーを頼んで、必ず砂糖を二つ持っていく。

今日は始めから二つ用意してトレイにのせてあげると、
ちょっとだけ口の端を持ち上げて笑って、「いつもありがとう。」と言ってくれたのだ。

たったこれだけなんだけど、最近はいやなことばかりだったから、それだけでも気持ちが明るくなった。

寒い道を自転車で帰って、しばらく迷ってから直ちゃんにメールを送ってみた。

直ちゃん元気?
今日、いつも怖い顔したお客さんからありがとうって言ってもらったよ。
なんだかうれしかったよ。

ばかみたいだけど、他に書くこともなくて、返事を期待しないままベッドに入った。

りゅうさんの言葉が耳に残っている。

なお、昨日もここまで来たけど帰らせた。
おれの首絞めて暴れてたで。

どうして章子さんは直ちゃんに会おうとしないんだろう。
そして、直ちゃんはどんな気持ちで同じ道を帰ったんだろう。

そう考えるとなかなか眠りにつくことができない。

何度か寝返りをうっていると、枕元に置いている電話が鳴った。

もう遅い時間だったので、誰からだろうと思ってとると、直ちゃんだった。

「みーちゃん、元気?遅くにごめん。今、大丈夫?」

まさか直ちゃんの声がきけると思っていなかったので、驚いて布団をはねのける。

「うん。もう寝るとこやった。」

わたしとしては、もう何もやることがないことを伝えたかったんだけど、
直ちゃんはそうはとらなかったみたいだ。

「あ、ごめん。たいしたことじゃないから。ほんじゃあ。」

そう言って切ろうとするので、大急ぎで、大丈夫、まだ眠れそうにないから困っていたと伝えた。

「寝られへんの?」と、気遣ってくれるのがわかる。

「ううん。昼寝したから。」とうそをつく。

それから、どうしたの?と聞いてみると、

「いや、ほんと、別に何もないねん。最近メール、返事してなかったから。」と、
とてもあいまいな答えが返ってきた。

「今、家?」

わたしが聞くと、やや迷って、「いや、外。もう帰り着くとこ。」と言った。

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