初恋
きっと今日もあの駅まで行ったんだろう。
そして、りゅうさんにしか会えずに戻ってきたんだろうことがわかった。

「寒いな。」と、ポツリと言う。

わたしは、なるべく明るく聞こえるように、風邪ひいたらあかんで、と言い、兄が去年風邪ひいて、鼻水がずるずる出て困っていたことを話した。

はは、それはいややな、と笑って、それから、少しの間、直ちゃんはとりとめのない話を始めた。

バイト、がんばってるねんな。
今度一回行くな。おいしいパン教えてな。
みーちゃんもパン焼いたりしてんの?

私は、うちのパンはなんでもおいしいこと。
でも、焼きたてのカレーパンは特別おいしいので、直ちゃんに食べさせてあげたいこと、
パンは職人さんが焼いているので、レジのわたしなんてとてもじゃないことを、
その都度答えた。

本当に話したいことがそんなことじゃないことくらい、わたしでもわかっていた。

しばらくして、鍵を開ける音がして、

「あかん。部屋入っても寒いわ。」と直ちゃんが言った。

はよストーブつけな、と直ちゃんの部屋の灯油ストーブのことを考えながら言う。

そこにいてあげたかったと思う。
何もしてあげられないけど、せめて明かりをつけて、部屋を暖めておいてあげたかったと思う。

「今日、りゅうのとこ行ってきたやろ。」と、不意に話題が変わった。

「うん。留美ちゃんの顔見たら元気になったみたい。ほんま、わかりやすいい人やで。」と笑いながら言う。

ははは、生意気な奴やな、と直ちゃんも笑う。

それから、「章子さんのこと、聞いた?」と言った。

「うん。」

「そうか。」

「大変やね。」

「うん。」

そして、何かを確かめるように、

「章子さんはそんな人やない。ぜったい何か間違えてる。」と言う。

直ちゃんの言葉が胸に痛かったけど、

「うん。ぜったい間違いやと思う。」と答えた。

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