初恋
「ごめん。こんなこと、みーちゃんに言うことやないな。」

わたしが何も言えずに黙っていると、直ちゃんが普段の優しい声で言った。

「ごめん。けど…。」

りゅうさんには言うわけにはいかないだろう。
といって、誰も二人のことは知らない。
だとしたら、今までも、こんなつらいことがあっても一人で抱えているしかなかったのだろうか。

「ほんまに。」

こんなとき、わたしの役割はひとつしかない。
元気になって、直ちゃん。

「直ちゃんはいまひとつ、女の気持ちがわかってないところがあるからなあ。」

「え?」

「落ち込んでぼろぼろの顔なんか、見せたくないに決まってるやん。
もし泣いてたりしたら、目なんか腫れてるし、鼻は赤いし、会えるわけないやん。」

「…。」

今度は直ちゃんが黙ってしまう。

「そういうところ、もうちょっとわかってあげな。」

違うよ、直ちゃん。
ほんとはきっとりゅうさんと二人で笑ってる。
直ちゃんが来たこと、迷惑だって、何勘違いしてるのって、
赤い唇で笑う章子さんの姿が脳裏に浮かんだ。

だけど、必死で自制して、そんないやな自分を隠し通すことになんとか成功した。

「そういうもんかな。」

違うと思うけど。

「うん。」

直ちゃんは、今度もわたしのみえみえのうそに乗っかってくれた。
きっと、どこかで折り合いをつけたかったのだろう。
そういう意味では、彼の心の隙間に付け入ったのには間違いなかった。

「だいたいな、わたしにこういうこと言うのも酷やで。」とおどけて言うと、

「ごめんな。」と、少し声が明るくなった。

「いいよ。そのうち、直ちゃんなんか足元にも及ばんような人、見つけるから。」

「そんなんやったらいくらでもおるやろ。」

人の気も知らずに笑っている。それから、

「ありがとう。」と言った。

「うん。」

もう一度、ありがとう、そして、おやすみ、と電話は切れた。

わたしは枕に顔を押し付けたけど、また寝付けなくなって苦しい夜を過ごした。

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