初恋

対決

数日が過ぎた水曜日の朝、りゅうさんから電話があった。
連絡があるのはあれ以来だったけど、ずいぶんと元気になったようだった。

「飯食わしたるから来い。」

いつもながら唐突、そして自分勝手なことである。

「どういうこと?」

「そろそろおれが恋しいやろうと思ってな、今日なおのうちにおるから来い。」

お前の何が恋しいって?
変な言い方はやめてほしい。

でも、おいしいご飯と、あの部屋での楽しい時間が恋しいのは事実だったから、
重ねてどういうことなのかと聞いてみる。

「いいから。とにかくおいで。」と理由を聞かせてくれないので、夕方からアルバイトがあることを伝えた。

最初は、水曜日はなるべく仕事を入れないようにしていたのだが、
章子さんのことを知ってからはなるべく店に出るようにしている。

それでも、そんなん休んで来い、人間として何が大事かわからんような人間に育てたおぼえはない、などと、人間性まで否定するようなことを言うので、
アルバイト先に電話をかけてお休みをもらうことにした。

今までこんな風に、急に予定を変えたりしたことがなかったので、
風邪をひいたといううそに店長はかえって心配してくれたりして、
良心が痛んだ。

駅に着くと、まだ明るい時間だったので直接部屋に向かう。

チャイムを押すと、りゅうさんが出てきて、なんや、迎えに行ったのに、と言ってくれた。

この人たちは妙なところで紳士的で、駅から歩いて五分くらいの距離をわざわざ迎えに来てくれたり送ってくれたりする。

駅の海側はきれいに整備された近代的な街だが、
山側は少しさびれた感のある、古い小さい飲み屋さんがたくさん並んでいた。

りゅうさんいわく、場末の飲み屋街なんだそうで、
女の子が歩くのは不安に違いないと思っているみたいだ。

だけど、実は、留美ちゃんとわたしはときどき、神戸に買物に出た帰りにその辺りをぶらぶらしたりしている。

焼き鳥の大好きな留美ちゃんは、そういう店のうちの一軒にたまに入ったりもして、
そこにくるお客さんたちと楽しそうに話をしている。
阪神タイガースが勝ったときなど、ときどきお客のおじさんにおごってもらったりもしていることは黙っておこうと思った。

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