初恋
しばらくして、機会があったので、

「親っていうのはな、ほんまは子どもが元気でおってくれたらそれでええねんで。」と言ってみた。

だからな、今ある自分そのままでええねんで。
何も気にせんと笑ってみ。そしたらきっと、友達だってできるで。
君はいい子やねんから。

すると、「先生のとこの子は神大行ってるねんやろ。それやからそんなこと言えるねんな。」と、また上から見下ろすように返されてしまった。

進路の話が出たときに、何気なく息子が2浪して困ったことを話したのを覚えていたみたいだ。

違う、と思う。
あの時、隆司が熱を出してくれて、うちにいてくれて、
そのことをどれだけ神様に感謝したか。
母親らしいことなんてひとつもしてあげてないのに、
元気に、それなりに素直に育ってくれたことだけが幸せだというのに。

戸惑いと怒りが同時にわいてきて、「ちょっと待ち。」と説教してやりたかったが、
それができなかった。

こんな風に生徒の人生に深く関わってどうする。

少し前から、章子さんは生徒たちと以前みたいに親しく話すことができなくなっていた。

こちらは教師として話しているつもりでも、
人間関係の範囲の狭い生徒たちにとっては、時に友人として見えたり、
それ以上に重い存在に思えたりする。

たいてい、そういうのは卒業して、新しい世界に入っていくとただのいい思い出になるものだったが、
自分がより深く関わってしまった人間がいることを考えるとひどい罪悪感がのしかかってくるのだ。

純粋に、そしてきっと母親の代わりに自分に愛情を寄せてくれる人間を、
愛しいとは思う。
息子と同じ年齢の彼は、もっと似合いの女の子だってまわりにはたくさんいるだろうに、こんな自分を大切に大切に抱きしめる。

かといって、ずっとこのままでいられるとは思っていなかった。

早く自分なんかに飽きてしまってくれればいい。
そう考えながら、自分から別れを告げてあげられないずるさも、
章子さんを苦しめていた。

「とにかくな、勉強のことは相談にのるから。」と、力なく言うしかなかった。
< 143 / 170 >

この作品をシェア

pagetop