初恋
「美代子、これ持っていったれ。」

父がまた、補充用のジュースを渡してくれたので、
お茶とジュースの缶を抱えて、直ちゃんたちのいるコタツのほうへ歩く。

直ちゃん、大丈夫?
そばまで行って、声をかけようとしたとき、また下から突き上げるような揺れが来た。
天井からつってある蛍光灯が揺れて落ちてきそうだ。

「ぎゃっ。」

文字に出来ないような悲鳴を上げて、わたしは缶をほおり投げてうずくまった。
もういやだ。
あと何回これが来て、何度までこの家は崩れずに耐えてくれるのだろう。
神経がおかしくなりそうだ。

「みーちゃん、大丈夫やで。」

自分のほうが白い顔をしているのに、
直ちゃんがコタツから出て、わたしの背中をかばうように抱いてくれた。

ゆれがおさまると、缶を拾ってくれて、「ありがとうな。」と言った。

父は、外に出て他の人たちといろいろ話し合っていたが、
母はうちに残ると決め込んだらしい。

外に出ていた兄も呼んでコタツに座らせ、竹林さんのパンを広げておばさんと話をはじめた。

「電気がなくてもこんだけ人がおったらあったかいな。」

ちいさなこたつに、大人が二人、子どもが四人。
不安な顔をお互いに見合わせる。

ほんと、母が楽天家でよかったと思う。

朝から電気もガスも、水道も使えないことを、まるで、
しょうゆを使おうと思ったら切れてた。
買物に行ったら財布忘れた。
それくらい気軽な口調で言うものだから、
おばさんも張り詰めていた表情をくずして笑った。

「ほんま、そうですね。」

母につられて関西弁になっている。

「でも、ほんと助かりました…。」

そう言うと、おばさんはぽろぽろ涙をこぼした。

直ちゃんも泣きそうな顔になる。
が、暗くなりがちなムードも、母にはかなわない。

「何ゆうてんの。こんなときはお互い様やん。
美代子がいっつももらってるリボンの、半分もせえへんで、このパン。」

パンだけじゃないと思うけど、
おばさんが泣きながらも笑顔を作ってくれたので
それは一安心だった。
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