初恋
それからしばらくして、直ちゃんのおばさんから大阪に電話があった。
もちろん私にあててではない。

母は携帯電話を持っていなかったから、
最初は遠慮がちに、でも、祖父たちが寝てしまった後は実に生き生きとして
話をしていた。

「そんな、直人くんが悪いんと違うから。
迷惑かけたんはこっちやで、三浦さん。」

そんなことを言っていたから、謝罪の電話だったみたいだ。

直ちゃんが悪いんじゃない、と目で訴えると、
あっちへ行っていろと母は無言で手を振る。

ずいぶんと長く話していたみたいだ。

その後もときどき電話がかかってくるようになった。

「もうかなわんわ。」などと言いながら母はぜんぜんいやそうではない。

トラブルが好き、というと語弊があるが、
何か問題があると首を突っ込みたがる関西人のどうしようもないサガが、
母には備わっている。

電話がかかってくると、椅子とマグカップを用意するようになったから
あきれてものが言えない。

そんなことが半年ほど続いたある日のことだ。
終業式の日で、明日から楽しい夏休みが始まろうとしていた。

神戸にいたときからの習慣で、わたしはいつも帰宅すると店にまず顔を出す。

その日も店をのぞくと、いつもはパンチパーマの手入れをしてるおっさんしかいない店内に、若い男の子が座って髪を切っていた。

「あ、おかえり。」といって鏡越しにこっちを見た男の子の顔を見て、
わたしはひっくり返りそうになった。

「な、な、な、なんちゃんで?!」

「直ちゃん」と「なんで?」が一緒になってしまって、
父も母も大爆笑だ。
直ちゃんなんかはいまだにこのことを言って大笑いする。

「う、う、う、う、うそー!」

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