初恋
そのとき、信号の向こうからスーツ姿の新入生の群れに混じって、
一人の男が歩いてきた。

直ちゃんと同じくらいの年齢かな。

黒いジャージの上下、無精ひげ、ぼさぼさっぽい髪、
おまけに黒ぶちに黄色いレンズのサングラスをしている。

あんなの、夜のコンビニの前にはよくいるが、
20歳超えてからはイタイな。

そう考えたときだ。

その男が、顔を上げてわたしを見ると、親しげに手を振ってきた。

「おーい、みーちゃーん!」

名前で呼んだりするもんだから、
周りの人が今度はぎょっとしたみたいにわたしを見る。
わたしだってびっくりだ。

人違いだと思いたいけど、早足で信号を渡ってきたそいつは、
まっすぐわたしたちのところへ来て、直ちゃんの肩に手を回した。

直ちゃんと同じくらいの身長だけど、
もっとがっしりしてる。

「おい、りゅう、みーちゃんびっくりしてるやん。」

直ちゃんが肩から手をはずしながら言う。

この人?直ちゃんの連れって。

あっけにとられていると、りゅうと呼ばれたその男は、
わたしの方を向き直って言った。

「写真で見とったからすぐわかったわ。
でも、写真のほうがかわいいなあ。」

はあ?
腹が立つよりもびっくりしてしまった。
こんなことを初対面で言われたことは今まで一回もない。

「お前なあ、いい加減にせえよ。」

「ごめんごめん。なおがいっつも話してるから、ついついな。
もう知り合いみたいな気分になってもた。
はじめまして。おれ、吉崎です。吉崎隆司。
なおのことはいつもお世話してます。」

こうきたらこう返すしかないじゃないか。

「直ちゃんがお世話になってます。
伊藤美代子です。」

りゅうさんは楽しそうに笑った。

「なお、この子おもろいなあ。お世話になってますやって。」

「あほ。おれがお前の世話しとるんやないか。
みーちゃん、ごめんな、びっくりしたやろ。
こいつ、ちょっとあほやねん。
でも、悪いやつじゃないから。」

悪いやつじゃない?
直ちゃん、脳みそ腐ってきたんじゃない?


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