初恋
よくこれが震災の後も残ってたな。

そう思うような、古い建物だった。

二階建てで、直ちゃんの部屋は二階の左端だ。
さびた階段を登り、ノブをまわす。

画用紙一枚分くらいの玄関には、サンダル一足が置かれていた。

あがってすぐの台所からいいにおいがしている。

「お前、嫁入り前の娘がこんな時間に男の部屋に来るなんか、
ええ度胸してんな。」と言ったのはりゅうさんだ。

確かにそう言われればそうだけど、
この人がいればかえって何も起こらない気がする。

ここはしおらしく、
「お邪魔してすみません。」とでも言っておくか。

りゅうさんは何か考えるところがあったらしく、
「邪魔とかいう言い方はやめろ。また変な妄想ふくらますんやないで。」と、
コンロの上の鍋に向かった。

まあ座り、と直ちゃんが通してくれたのは、6畳ほどの部屋だ。
家具はローテーブル、大きいクッション、14インチのテレビくらいだ。
あとは、部屋の隅のカラーボックスがあって、
本とか、りゅうさんのサングラスなんかが置いてある。

壁の反対側がふすまになっているので、もう一部屋あるようすだった。

さすがのわたしでも、座ってじっとしているのも気が引けたので、
かばんを置くと、「手伝うことある?」と台所へ立った。

「ねえ。何作ってるん?」
と、鍋をのぞくと、おいしそうな筑前煮が出来上がっている。

「うそやろー。ちょっと、これ誰が作ったん?」

料理なんていっても、せいぜいカレーライスくらいとたかをくくっていたのに。

「おれに決まっとる。」とりゅうさんは勝ち誇った顔だ。

「惚れ直したやろ。」

一回も惚れてませんが。

わたしは言われたとおりにお皿を運び、
りゅうさんが3度ほど台所と部屋を往復すると、
ローテーブルの上に立派な食事が並んだ。

ほうれん草のおひたし、筑前煮、漬物にごはん。

わたし、もう今日は食べたから、というと、
りゅうさんが、ダイエットなんかしてももう遅いで、とごはんをついで渡してくれた。

そのときに、あ、と気がついたことがあった。

同時に直ちゃんも気がついたらしく、

「りゅう、それは、」と言ってから、しまった、という表情をした。

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